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廊下

【ホラー短編】廊下


これは、私が一人暮らしを始めたばかりの頃の話です。なぜ一人暮らしを始めたかというと、実家を出て自立したかったからです。新しい生活に慣れるのは簡単ではなく、特に仕事が忙しく、夜遅くまで残業することが多かったです。

その日は、いつものように静かな職場で仕事をしていました。夜の10時を過ぎると、周囲の音が妙に気になり始めました。最初は気にしないようにしていましたが、ふとした瞬間に廊下が自宅のように感じて、不気味に思えてきました。

誰もいないはずの職場の廊下から、微かに生活音が聞こえてきました。足音、洗面所の水の音、そして風呂の栓を抜く音――。こんな時間に誰かいるのだろうかと不安になりました。同僚たちはすでに全員帰宅しています。

廊下を歩きながら、その音の出どころを確かめようとしました。薄暗い廊下の先、扉の隙間から漏れる明かりや冷たい雰囲気が、不安をさらに煽ります。心臓が速く脈打ち、冷や汗が流れてきました。

ふと思い出したのは、宅配便の受け取りで鳴った玄関ベルの音。しかし、実際には誰も来ていませんでした。その時、廊下の奥から「誰かいるの?」という声が聞こえてきました。

驚いて振り返ると、そこには自分の影が映っていました。しかし、何かが違うことに気付きます。影には、顔がありませんでした。恐怖でその場に凍りついてしまいます。影が私に向かってゆっくりと近づいてきます。

逃げ出そうにも体が動かず、その瞬間、私は叫びました。

「誰か助けて!」

でも、その声は私のものではありませんでした。影が私の声を真似て叫んでいたのです。

その瞬間、見開かれた目の前でこう思いました。

それから、私は影と一緒に廊下を歩くことにした。もう一人ではないから。


管理人の考察

この作品の最後の一文が、実に印象的です。影と一緒に廊下を歩くことにした主人公の選択が、私たちに新たな恐怖の形を感じさせます。特に心に残ったのは、影が主人公の声を真似て叫ぶ場面です。自分の声で助けを求める声が聞こえるというのは、自己の存在そのものを揺るがすような恐怖です。音で導かれる恐ろしい真実と、影という得体の知れない存在が絡み合うことで、読者はどこか現実から切り離された感覚に陥ります。

この作品の怖さは、日常的な生活音が不気味な異変へと変わる瞬間にあります。足音や水の音など、普段は何気なく耳にしている音が、突然異常な恐怖を呼び起こすのです。これが、私たちが普段聞き慣れている音だからこそ、強い違和感を覚えるのです。さらに、その音が「家ではなく職場」で起きているという点が、不安感を一層煽ります。本来なら安心できるはずの職場が、異世界のように感じられるのです。

影の顔がないという描写も非常に象徴的です。顔はその人のアイデンティティを示すものですが、顔のない影は「もう一人の自分」や「自分の中の無意識」とも解釈できます。影は、主人公が一人暮らしを始めたことで生じた孤独や不安の象徴かもしれません。彼女が影と共に歩くことを選んだのは、その不安を受け入れる覚悟を決めた瞬間なのかもしれません。

また、廊下での生活音を「自宅のように感じる」という描写も興味深いです。一人暮らしを始めたばかりの主人公にとって、職場がまだ「家」であるかのような錯覚を抱かせます。新しい環境に適応できない自分自身への不安が、職場の廊下を「もう一つの住処」として見せているのかもしれません。その換えのない安心感を本能的に求めている感覚が、恐怖の背後に潜んでいるのです。

読者の皆さんも、ふとした瞬間に自分の周りの音が不気味に思えることはありませんか?本作は、そんな日常の一コマがどんなに恐ろしいものに変わるかを見事に表現しています。最後の一文が示す通り、私たちが恐れているものとは、案外自分自身であることも多いのかもしれません。影と共に歩くという選択が、どんな未来を示唆しているのか、ぜひ想像を膨らませてみてください。

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